人の縁

人の縁は、どこでどう始まるものか分からない。自分が好きだと思っている相手が自分を好きになってくれるとは限らないし、興味がなかったはずの相手と長年の親友となることもある。縁を結ぶ相手というものは、人間にはそうそう左右できるものではないようだ。

しかし、その縁の多寡を決めることだけはできる。私達が縁がない、と思ってしまうとき、それは心が内向きになっている事が多いのではないか。関係を作ることに対してものぐさで、新しい人間関係の場を作ることに価値を見いだせないときは、縁という物はなかなか近寄ってきてはくれないように思う。しかし、自分で縁を作る、と気張ることがなくとも、勝手に人間関係が育まれることもある。どうやらそれは、心が外向きになっている事が要因のようだ。

やる気が充実しているとき、新しい習い事を始めるとき、新しい職場や学校で、新しい人間関係ができる。人間関係は友人のみに留まらず、恋愛もその範疇に入るようだ。ただ受動的に待っていても、助け船がやってくることはそう多くはない。人は自分から動いて、初めて世界の様々な事が分かるようになっているようだ。縁を決定づけるのは、新しい環境を欲する心にあるらしい。現在のような、インターネットが発達した時代においては、心が外向きでさえあれば、ネットで交流を図るだけでも、様々な縁はできる。

そしてネットにおいてさえ、その縁から、思いもよらなかった部分で恋愛が生まれることもある。一方では中傷やねつ造や、自分勝手で思いやりのない表現が規制されることなく跋扈しているインターネットが、一方では人間関係や社会の関わりにおいて、重要な役割を果たしているのは思えば不思議なことだ。とはいえ、現実世界も、そう変わりないことを考えれば、それが自然の成り行きなのかも知れない。

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